*[経営幹部への手紙](23)―食の防衛―
食品と科学社(?03-3291-2081)の月刊食品と科学1月号2009年1月号に食の防衛(テロ対策)について書きました。
二〇〇八年一〇月一三日京都大学農学部総合館で第二回食と農の安全・倫理シンポジュウムが開催されました。
冷凍ギョーザ事件―日本生協連の検証委員会が指摘したものーをテーマに講演された吉川泰弘東京大学大学院農学生命科学科教授は「本題に入る前にと、「現在食の安全情報には混乱が見られる、食の安全保障、食の安全性、食の防衛を明確に区別して考えるべきである。」と食の三要素について次のように述べられました。
食の三要素
FOOD SECURITY:食の安全保障建物で言えば一階である。
●国際的食糧需給:供給の安全性をどう確保するかが課題(異常気象、環境汚染、途上国の人口増加等が関連する。)
●穀物を燃料の原料にすることによって資源獲得競争が新たに起きている(例えばバイオメタノール)
これらの問題に対応する課題としては、国内の食糧自給率向上に加え総人口の減少、超高齢化社会、都市と地方の人口偏在などへの対応などがある。
さらに、超過疎状態の地域で第一次産品を増産するシナリオづくりといった今日的基本問題にも取り組む必要がある。
FOOD SAFETY:食の安全
建物の二階に相当する。
●食中毒、残留農薬、食品添加物、遺伝子組換え食品などへの対応。
●食品安全委員会が対応しているリスク評価:危害因子の同定。人がこれらの危害因子に曝されるシナリオ(用量、有害作用、規模、頻度)の解明。
●リスク管理:リスク評価に基づき厚生労働省や農林水産省が行う安全性管理(行政の基準・規制、ISO・HACCPシステムによる管理)
●リスクコミュニケーション(消費者や業者など利害関係者への説明と同意)
FOOD DEFENSE:食の防衛
建物の三階に相当する。
ヒトに害を及ぼす病原体や病原体が産生する毒素等を使って、無差別に大量のヒトを殺傷しようとするバイオテロ(bioterrorism)行為や農・畜産物を道具にして同様のテロ行為を行うアグロテロなどに対する対策を講じる必要がある、この場合性悪説を基に対応を考えなければならない。
世界は今、戦争、飢餓、政情不安、宗教や文化の対立など多くの問題を抱えており、二〇〇一年九月一一日にアメリカ合衆国で発生した、航空機を使った4つの同時多発テロ事件以後は、テロによる国家攻撃が多発している。
われわれは、平常時からリスク回避措置を取っておく必要がある。
そのためには、抑止力を高めるための努力 ―リスクプロファイル作りとこれを基にした監視と検証― を行う必要がある。
有事に対応するクライシスマネジメントの構築も必要である。
冷凍ギョーザ事件を検証する日本生活協同組合連合会第三者委員会(生協連委員会)は「冷凍ギョーザ事件は、食の安全にかかわる残留農薬問題ではなく、食の防衛に関する問題であり、食の防衛のためのリスク回避と危機管理体制の構築が必要である、と提言している。
食の安全性と食の防衛の違い
食の安全性の場合
非意図的なエラーによって起きる事件である。
無症事例では、残留農薬が、ポジティブリストの基準を超えた場合、環境化学物質ダイオキシンによる環境汚染問題などで、食品安全基本法、農薬取締り法等で対応している。
有症事例では、腸管出血性大腸菌O157,食中毒事件、黄色ブドウ球菌による食中毒事件などで、ISO・HACCP・食品衛生法等で対応している。
食の防衛の場合
意図的な確信犯の行為によって起きる事件である。無症事例では、虚偽表示のミートホープ事件、白い恋人事件、サプリメント不当表示問題などで、JAS法、景品表示法等で対応している。
冷凍ギョーザ事件は有症事例であり、バイオテロ、アグロテロのカテゴリーに含まれる。
日本の事故米事件や中国のメラミン入り粉ミルク事件は、虚偽表示とアグロテロ双方にまたがる事件と言える。
食の安全管理と食の防衛の違い
食の安全
性善説を基本的な考え方として管理する。安定した運営システム内で起きるヒューマンエラーやシステムエラーであり、検査による摘発や改善で対応できる。制御は比較的容易である。
食の防衛
性悪説を基本的な考え方として管理する。食品安全システムを破壊し、社会を崩壊させるのが目的であり、対応はリスク管理と有事の際の対応である。これを制御することは極めて困難と言える。
冷凍ギョーザ事件は食の防衛問題であり、生協連は自己認識の変革や組織体制の見直しなど基本認識の改善。性悪説を基にした防御対応の改善を行う必要がある。
委員会が冷凍ギョーザ事件を食の防衛問題と認識した理由
残留農薬問題の場合は例えば0.1ppmといったボーダーライン値を超えているか超えていないかが問題とされるもので、違反事例であっても通常1ppmを超えることは少ない。
しかし、今回の冷凍ギョーザからはその数万倍の農薬が検出され、しかも、被害は限定的であり、意図的に添加された特殊な事例と判断した。
生協連委員会の提言
生協連の対応を、意志決定、メディア対応、データ・情報公開の各項について検証を行い、各問題点について、次のような提言を行った。
◎生協連の基本的責任
コープ商品に限らず取扱商品のすべての健康被害について生協連全体で取り組む。
生協連と会員生協が連携を強め、食品安全管理機能強化を図る。
製造・生産事業者として食品安全性を追求する社会的責任を持つ。
◎生協連の自己認識変革の必要性
コープ商品生産者としての自覚と、同時にリスク管理者であるという責任を自覚する必要がある。
危機管理時には司令塔としての役割を果たす自覚を持つ、会員生協も、その役割と権限を認める。
生協は、流通業者であるとして、危機管理の責任を回避することは許されない。
生協連の対応
生協連会長が「工場なき製造者としての責任を負う」と明言し、品質保証体制・安全性管理の強化。危機管理のための責任体制の明確化。クライシス発生時の会員生協との連携と支援などを実施している。
さらに、危機発生時に理解と支援を得るためにメディア、食品衛生や医療関連機関、組合員、消費者への透明性のある情報提供。クライシス発生時を想定した事例研究、マニュアル作成、これに基づく訓練などクライシスコミュニケーションを行うことなども実施に移している。
食品安全性管理組織の役割
日常は食品安全管理を行い、クライシス発生時には次の事項について司令塔としての事務局機能を発揮する。
1. 情報収集と対策指示、被害拡大防止のための商品回収告知と回収。
2. 行政関連機関、会員生協との対応。
3. 専門家とのホットラインを通じて原因究明のための情報提供。
4. メディアに対する情報発信と情報公開実施。
5. 消費者等からの問い合わせに対応。
危機管理のための社会的対応
食品テロ対策の現状
米国、EU:米国は2002年にバイオテロ法を制定。EUも法整備検討中。
WHO:2002年に食品に対するテロの予防・対応のガイドラインを作成。
APEC:2006年にFOOD DEFENSEワークショップを開催。
日本:グリコ・森永事件を契機に1987年「流通食品への毒物混入等の防止に関する特別措置法」を制定した、しかし、制度的な整備はされていない。
社会システムの整備として新しい体制構築が必要
行政や事業者を含むネットワークを構築し、食品安全情報や問題解決のための情報交流を行い、クライシス対応の経験やノウハウの共有化を図る。
迅速な情報の収集と原因の特定ができるように、事業者、行政、マスコミが協力して商品苦情、被害報告、保健所・医療機関で得られた情報を集約し、被害拡大防止のための情報発信を短時間に可能にするシステムを構築し、運用することが必要であり、再発防止のためにも冷凍ギョーザ事件の速やかな原因の究明、行政機関の連携と対応の一元化、食品安全委員会の強化。リスクコミュニケーションの強化。更には消費者も積極的に情報を発信し安全管理の一翼を担うことが必要である。
自らのこととして認識を
講演の前段で述べられた、食品安全の問題を、食品安全保障の土台に食品安全があり、日常のしっかりした食品安全がなされ、その上に食の防衛があると、整理して考えること、これを逆さまにして考えることは危険であるという考え方は基本であり、共通認識とすべきだと思いました。
また、生協連委員会への提言では、生産者としての自覚とリスク管理者としての責任を持つこと、そのための意識変革が必要であることが強調されています、これは流通や販売も含め食品業界全般に対して当てはまる重要な提言であり自らのこととして対応する必要があると思いました。
アメリカの食品防衛対策は
アメリカの食品防衛対策は、すでに企業管理部門によるシステム整備の段階を終え食品現場従事者の教育まで進んでいるようです。
どうやって食品汚染リスクを削減するかを教えるFIRSTツールキット
FDA(米国食品医薬品局)CDC(疾病管理予防センター)とUSDA(米国農務省)は食品産業のための食品の防衛意識のトレーニングキットを発売しています。
トレーニングキットには、まず、「米国の食品の安全を守るには彼らが重要な役割を果たすからである。」と現場従事者の役割が重要であることを強調し、FIRSTをキーワードにしています。図
FIRSTは、従事者が守るべき次の5項目の頭文字を組み合わせたもの
「F FOLLOW 従う 企業の食品防衛計画や方法に従う
I INSPECT 点検 あなたの作業場やその周辺を点検する
R RECOGNIZE 発見 いつもと違うものに気がつく
S SECURE 確認 全ての成分や材料や製品を確認する
T TELL 報告 疑わしいものやいつもと違うものに気がついたら管理者に報告する」
第一の項目F従うは、「企業の食品防衛計画に従う」ですから、企業に食品防衛計画があることが前提です。「食品防衛計画」を構築していない企業は、「流通食品への毒物混入等の防止に関する特別措置法」 や「国内でのテロ事件発生に備えたテロ対策の再点検等について」(厚生労働省) 内閣府国民生活局の情報、前述のアメリカのトレーニングキット関連資料やWHOの情報などを足がかりに企業としての食品防衛計画を策定する必要があります。
I R S Tの項目はすぐにでも実施できる、実施してほしい食品防衛のための現場教育項目です。
参考文献
i食品安全情報blog
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/sea
rchdiary?word=%BF%A9%C9%CA
%CB%C9%B1%D2&.submit=%B8%
A1%BA%F7&type=detail
i iFood Defense and
Terrorism :CENTER FOR
FOODSAFETY AND APPLIED
NUTRITIO
http://www.cfsan.fda.gov/~dms/fi
rst.html
i i i流通食品への毒物混入防止に関す
る特別措置法(昭和2 6年9月26
日法律1 03 号)
http://www.room.ne.jp/~lawtext/1
987L103.html
i v国内でのテロ事件発生に備えたテ
ロ対策の再点検等について: 厚生労
働省大臣官房厚生科学課長・医 政局
長・健 康局長・医薬局長・医 薬局食
品保健部長
http://www.mhlw.go.jp/topics/2002
/10/tp1031-1.html